vinum






その日、宝瓶宮の星霊は主からの呼び出しを受けて人間界へと顕現した。



「……何て所から呼び出しやがるんだ、この小娘……っ」

常日頃の小言を口にしようとして、固まる。
呼び出された場所は主の部屋。
彼女を呼び出すのに必要な水が湛えられていたのは……洗面器。
その道具に気付いたアクエリアスは、微かにたじろいだ。

「アクエリアスー……呑もー!」

舌足らずで可愛らしく首を傾げているが、彼女の主であり小娘ことルーシィの右手にはワイングラス。
左手にはフルボトルのワインが1本。
可愛らしい小テーブルの上にも何本か。

「小娘……まさか」
「えへへー…そうなのー……不味かったのー」

基本的にルーシィは食べ物や嗜好品に関して文句を言わない。
たとえそれがまずかろうと何だろうと、出された物は黙って食べる。
が、唯一。
ワインにだけは煩かった。

「今夜は伯爵家のパーティーだったから絶対美味しいと思って飲んだのよ。なのに、不味かったの!絶望的に、不味かったの!」

特有の芳香は全く無いに等しく。
味わい深い筈の魅惑の液体は、その欠片もなく。
おそらく年代だけはあるだろうワインは超絶不味かった。
だから、ハートフィリア家秘蔵の、愛好家垂涎の的であるワインで口直しをしようと目論んだのだ。
ルーシィは若干据わった目でそう言った。
父親に言われるまま招待状が届くのに任せてのこのこと出かけて行くからだとアクエリアスは思ったが、口にはしない。
普段ならいざ知らず、一旦ワインと言うスイッチの入ったルーシィに勝てる者は今の所居なかった。
負けるのが目に見えている勝負はしない。
それに、いかにも美味そうな芳香を放つ美酒を目の前に喧嘩なぞ、勿体ないではないか。

「まあいい、飲むぞ」
「うん、かんぱーい!」

最上級のワインとチーズ。
傍に居るのが恋人のスコーピオンではなく主なのが気に食わないと言えば気に食わないがこればかりは致し方ない。
それにルーシィが社交の場へデビューしてからというもの、こうやって美酒にありつける確率が上がったのはアクエリアスにとって望外の喜びだった。

「あくえりあす、だいすきー」

頬を微かに染めて上機嫌に笑う少女が言う。
しかたないな、と苦笑して宝瓶宮の星霊はその頭を撫でてやった。
あと何回、こんな時間が持てるかは分からないが、この主が望む限り共に酒を飲んでやろうと、そう思いながら。









「……あくえりあす、寝ちゃったのー?……つまんない…わたしもねるー………」

結局。
人間と星霊の飲み会は星霊の寝落ちによって終わりを告げたのだった。












アクエリアスは酒豪だと思う。
ルーシィはワイン限定で強かったら良いなあ。
でもって、彼女の歳だと多分おそらくデビュタントは終わってるだろうと言う事で。
16の歳には社交界デビューしてるでしょう。公爵との縁談が来るくらいだし。