止まらない運命に







絶望に支配されて、4番目の塔を出る。
その彼の表情に気付いたのか、小柄な女教師はまだうまく動かないだろう身体を起こした。

「……」

無言のままその華奢な身体に近付く。
元の世界に戻る事が出来ないと、どう伝えれば良いのか。
気付けば、その瞳を覗き込めるほどの近さになっていて、彼は彼女を抱き上げた。

「や……、矢頼君?」

不思議そうに見つめてくるその表情を見た時、全てを悟る。

(ああ、オレは)

この女だけ、いればいい。
世界がどうなろうと、戻れなかろうと。
彼女がいれば、他に何もいらないのだと。
戻れないなら、手放す恐怖に怯えなくていい。
失う事を恐れなくてもいい。
何て我儘な。
何て子供じみた。
滑稽なほどの、独占欲。

「……行くぜ」
「え?」

小さく呟いて、足を速める。

「行くって……矢頼君?!」

腕の中にもがく身体を閉じ込め。
周囲の混乱に目もくれず、歩く。
いや、最後は走り出していたかもしれない。
引きとめる少女の声がしたような気がしたが、どうでも良かった。

「ね…ねえ?何処に行くの?塔で何があったの?」

うろたえる声。
それすらも心地よくて腕に力をこめる。

「…………」

ただ、彼女だけ。
彼女がいれば、他に何もいらない。

「元の、世界には帰れねぇ……」

これだけは言ってやらなければならないだろうと、ひりつく咽喉を叱咤して告げる。

「ぇ……」

その瞳に浮かんだ感情の色。 怯えと、戸惑いと……紛れもない、安堵。
おずおずと伸ばされた指先が頬を辿る事に歓喜が湧き上がった。

「……」

至近距離で見つめる。
そうして、ゆっくりと唇を重ねた。
これほど長い間、誰よりも近くにいながら、初めて知る唇だった。