Reue








パリに来てから、疲れが酷い。
ほんの少しの物音にも過剰に反応して眠れないのは以前からだから、その理由には数えられない。

「……」

……本当は、殺されたって構わないのだ。
『彼』にならば、喜んで殺されようと思う。
どんな酷い殺され方でも黙って逝く。
八つ裂きにされても仕方の無い事をした自覚はある。
マリナは目を閉じた。
いつもならこんな昼間にこんな無防備に屋外でいたりはしない。
だから、気付かなかったのだ。
まるで天使と見まごうばかりの美貌の青年がまっすぐ、迷いのない足取りで近づいてくる事に。




春の陽の降り注ぐ中、それは最初死人のように見えた。
ぐったりとベンチに身体を預け目を閉じて微動だにしない事に微かにたじろぐ。
青白い顔はかつて彼女が持っていた、生気にあふれた肌ではなかった。
変わらず、小柄なマリナ。
10代の終わりに、強烈な光で彼を灼いた少女は今、疲れ切った身体を陽光にさらけ出していた。

「……マリナ…………」

忘れたと思っていた、懐かしい名前を唇に乗せる。
その彼の声に、目の前の彼女はぴくりと身体を震わせてその目を開いた。

「……シャルル……なの?」

信じられないと言うように瞠った瞳。
彼の名を呼んだあと、その瞳からは滴が零れ落ちた。
その唇からは謝罪の言葉。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「何故謝る?」
「ごめんね……」

相変わらず彼女の行動の意味は分からない。
何故謝り続けるのか、彼は聞いたのに。

「マリナ、ちゃんと理由を言ってくれなければ、分からない」

苛立った口調になってしまった事は分かっていても言い直す事は出来なかった。

「……あたし、あんたの好意を無駄にしたわ。幸せになれって言ってくれたのに、あたしは全て捨ててしまった」

涙声でそう告げられて、困惑する。
同時に忘れていた感情が胸を占拠して、彼は唇を噛んだ。
この感情は、何だ?
とうの昔に捨てたはずの。忘れ去ったはずの。
この狂おしいばかりの想いは。


心臓が波打つ。
欲しい。
目の前の彼女が欲しい。
全てを捧げても惜しくない。
手に、入れる、今度こそ。この腕の中閉じ込めて、永遠に。

オレの、ただ一人の、ファム・ファタル―――。

腕を伸ばす。
掴んで、引き寄せる。
驚いた身体を抱き込んで―――――

シャルルは、囁いた。

「昔も、今も……君だけがオレを支配する」

そうして、奪った唇は7年前と変わらず酷く甘かった。









ここまで(但し4を除く)を投稿済。
ちょっと手を加えましたが。
多分この話が一番書きたかったんだと思う。
しかし、ほんとにシャルル動かすの難しいな。