まちあわせ






立秋を過ぎると陽が沈むのは早い、と思いながらはるかはアイスコーヒーを音を立てて啜った。
カフェの特等席(何故か一番目立つ席に案内された)でそんな事を他の男がやったら周囲に顔をしかめられるだろう。
だが、彼の端正な顔や雰囲気に周囲から向けられる非難は無かった。
逆に女性客の熱い視線を集めて、けれど平然と長い脚を組み、夕方の薄闇を見つめる。
……そろそろ支度が終わった頃だろうか。
王子様から奪った恋人の姿を脳裏に思い浮かべ、甘い笑みを浮かべる。
今夜の花火大会を一緒に見ようと約束したのは一ヶ月前の事だ。
ハンガリーGPが開催されたブダペストから掛けた国際電話の内容を思い出す。
ベルギーGPのチームメンバーから外れたのを幸いと、今夜の約束を取り付けたのだ。
腕時計を覗き込み、時間を確認する。
遅刻魔で有名だった少女は、意外な事にデートの時間に遅れた事は無かった。
約束の時間には充分余裕がある事を確認して伝票を掴み、レジへ向かう。
彼の動きに合わせて店内の視線が動くが、それを気にも留めずに料金を支払うと、夜の気配を宿してきた外気の中に歩みを進めた。

「暑い」

流石に昼間ほどの蒸し暑さは無いが、冷房が効いた店内とは比べ物にならない気温に肩をすくめる。
けれども、レース中のあの過酷な気温を知っている彼にとっては「暑い」程度の物でしかない事も確かだった。
すぐ近くのコインパーキングに停めていた愛車に乗り込み、迎えに行くと告げた場所へ走らせる。

(そういえば、浴衣を着るとか言ってたっけ)

どんな姿でも彼女が愛しい事に変わりはないけれど、自分の為に装ってくれるのは格別に嬉しい。
ましてや普段は彼だけの物には決してならないお姫様なら尚更。

「楽しみだな」

来週の半ばにはイタリアGPの為にモンツァへと飛ばなければならない。
彼はその短い休暇を存分に楽しむつもりだった。








浴衣のはるかさんサイド。
レーサー天王はるか。
F1サーカス中にチームを離れる事が出来るかどうかは不明…。
日程は2012年F1カレンダーを思い浮かべてくれると嬉しいです。