比翼





欝病の友人が亡くなって数年後、古本屋を営む友人も追いかけるようにして世を去った。
それは月こそ違ったが、同じ日の同じ時刻の事だったと記憶している。




一周忌も先年に終え、私は気まぐれにその家へと足を向けた。
特に気にもしていなかったがその日はどうやら彼らの月命日であったらしい。
訪れた坂の上に在るその店で、私は夫人が淹れてくれた玉露を啜りながら彼女の問わず語りを聞いていた。



―――わたくしは知っておりました。
あの二人は比翼であると。
どちらかが欠けてしまえば、きっと残された一人も壊れてしまうのだと知っていたのでございます。
ですから、嫁して一年もしないうちにわたくしはあの方の妻である事をやめたのです。
わたくしはあの方の前で、女ではございませんでした。
あの方の理解者であり、あの二人を取り持つ者としてわたくしは在ったのでした。
……何故、離縁を望まなかったか?
そうですね……。
そう、わたくしは恋をしていたのかもしれません。
いいえ、どちらか片方にではございません。
わたくしは、あの二人に心底……焦がれて、おりました。





―――夫人は、手許の茶につと手を伸ばした。
私は、急に落ち着きを無くして辺りを見回す。
この家の主人が在世中は古書の匂いが漂っていたものだが、今はすっかりと整理され、夫人の趣味だろう上品な香が漂っていた。

「―――」

私は意味も無く―――溜息をつく。
そうする事で、もうこの場所に彼らは居ないのだと、思い知らされる気がした。
気儘にやって来ては、人の家だと言うのに構わず寝転んだあの日々。
年下の友人達を揶揄って笑ったあの日々は、もう。

「……関口が死んだ時、中禅寺の一部も死んだのだと僕は気付いていました」

呟いた私の言葉に夫人は微笑んだようだった。





古書店は閉鎖し、社の方はどうやら敦子の産んだ次男が継ぐ事となったらしい。
未だ中学生のその少年が帰宅すれば夫人は色々と忙しくなるだろう。
そう思い当たった私は長居した詫びを述べて京極堂を後にした。
彼らが居なくなった後も、坂は忌々しい長さのままである。
関口が去り、中禅寺が去った。
次は私の番であろうか等と埒も無い事を考えながら、坂を下る。




―――坂の下で、私は日常へと立ち返った。

「フン、猿も本馬鹿も愚かなのだッ」

呟くと彼らが……此処ではない場所で、苦笑した気がした。