Destiny









自覚したからと言って、今すぐどうこうという事は無い。
これまでの十数年と同じように、つかず離れずの友人の顔を続けるだけだ。
それでも、忙しい時間の隙間を縫うようにして想いは浮かび上がる。
特に、ぽっかりと時間の空いた宿直の夜や、緊急搬送の途切れた早朝は危険だった。
何の脈絡もなく、不意にこみ上げてくるどうしようもないほどの衝動。
なまじ相手がどこにいるか手に取るように分かるだけに押さえ込むのが難しい。
その身体に触れたい。
触れて、抱き締めて、引き裂いて、己だけの物にしてしまいたい。
獣じみた欲求は日を追うごとに酷くなり渇きをもたらした。
けれどもその欲求に身を任せてしまうわけには行かない理由が速水にはある。
個人的な感情よりも優先すべき物がある為に、田口への衝動はぎりぎりの所で押えられている。
だがそれも。

「いつまで持つか……」

モニターの並ぶ、薄暗い部屋で呟いた声は酷く擦れていて、一人苦笑した。
それが、先年の春の事。
季節が巡り、一年の終わりも近づいたその日、速水は運命を知った。



「諦めろ、速水。自分だけトンズラしようだなんて、ズルいぞ」

肩に乗せられた手の感触に胸の奥底がざわめく。
想い人の……田口の手で引導を渡されるのなら本望だと思ったのは確かだった。
彼の中に自分への執着を見た事もなかったし、辞職を引き止められる事もないだろう、そう思い込んでいた。
だから、正直言って驚いたのだ、田口が小さな着服―――と言っても飴代だが―――を見つけ出した事に。
そして速水は胸の中焼けるような思いを感じた。
己の中の獣は、理性の鎖を喰いちぎり、襲い掛かるだろう。
ほんの少しでも……それが、愛情ではなく友情であっても、彼の中に自分への執着がある事がわかってしまった今、その獣を制御するのは難しかった。
解放を許した獣は勝利の咆哮を上げる。
それを感じ取ったのか、視界の隅で高階が微かに身体を揺らした。
佐藤も、速水の異変に気付いているのだろう、ちらちらと視線を送ってくるのが分かる。
明らかに異質な獣の気配に、けれど田口だけは全くと言って良い程、無防備だった。

―――咽喉が、鳴る。

首筋に牙を突き立て、皮膚を鋭い爪で引き裂く、その瞬間を想像して速水は密かに笑みを浮かべた。









思案の外の続き。
多分まだ続く。